布詠遊編

 じゃあねー、と突然幸せのもふもふから振り落とされた先ももふもふだった。

「あ、あれ。私、雲の上にいるの……?」

 羽ばたいたのは気合を入れるためだったらしく、意外にそのあとは快適だった空の旅は唐突に終わりを告げた。

 そして落ちた先のもふもふはもふもふだったが、今度のもふもふは冷たくて気持ちがよかった。

「こんなお空の上でこんにちはなのよー」

 そこには、緑の髪と緑の目をした灰色の襟がついた白いワンピースを着た女性がいた。場所的に考えても明らかに人ではないのだが、突然降ろされたことに驚いているルウシャにはすぐに考えることはできなかった。

「大丈夫なの? 雲で頭を打っても記憶喪失にはならないと思うのだけど」

「は、無様なお姿をお見せして申し訳ありません……。あの、意志様のお一柱でいらっしゃますか……?」

「布詠遊なの。そういうあなたはどちら様なの?」

「申し遅れました。意志渡りの巫女、ルウシャと申します。創歐ノ輔様より使わされました」

「んー? あの小さい子のねー」

 ほややんと何かを思い浮かべたようだ。

「それで、ルウちゃんはこんなお空へどんな御用なの?」

「いえ、あの、皆様にお会いして、お話を伺ってくるようにと」

「じゃあ私のお仕事の話をしようかな」

「お願いします」

「人間にとって大事な雨。それを運ぶのは雲。その雲を運ぶのが私の仕事」

「大事なお仕事ですね」

「そうなの。でもね、雨が降ると、雲は小さくなっちゃうの」

「そう、ですね」

「私はね、お昼寝も大好きなの」

「そう、なのですか……」

「翼もマントも外して、雲の上でお昼寝するのが大好きなの!」

 ルウシャは相槌を打つのをやめた。

「だからお仕事って分かってるんだけど、たまにさぼっちゃうのよね」

「……………」

「だってね、雲って呼び寄せるのちょっと大変なのよ。だからあまり自分の周りの雲ばっかり使ってたらベッドがなくなっちゃうの」

 布詠遊神は、むむむーと力を入れて、少し遠くの雲を呼び寄せた。

「休むために力を使うなんて本末転倒だもの。ね、そう思うでしょう?」

「そう、ですね……」

 この人は働いているように見せかけて――。

 ルウシャは考えるのを止めた。

「はい、ルウちゃん」

「?」

 布詠遊神は、呼び寄せた雲を指した。

「また次へ行くのでしょう? 雲を一つ貸してあげるの」

「! ありがとうございます」

 ルウシャのために布詠遊神は力を使ったということに気が付いて、ルウシャは深々と頭を下げた。

「気を付けてね。私は力の意志でもメンテナンサーだからそれほど怖くはないけど、他の意志には武勇の意志もいるから」

 にっこり笑って布詠遊神はルウシャを見送った。

 おっとりしているように見えて、恐るべし、星の意志。

 心によく刻んで、ルウシャは次の意志のもとへと旅立った。



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