北天帝編
それは天の川の西の岸に建っていた。傳凱天神の言った通り、水晶でできた宮であった。
「わぁ……。創歐ノ輔様のお住まいとは大違い……というか、あの方に定まったお住まいはないものね……」
創歐ノ輔inアルシエル。彼女の家とは、あの星のことだ。
しかし今は天の川。星の外だった。
「とげちゃん? でもうちの子とは違う、のかな……」
ルウシャが主神の現状を嘆いていると、鈴のような声が響いた。
「お客様? とげちゃんが連れてきてくれたの?」
「トゲェ」
トゲいぬは嬉しそうに鳴いて、少女の後ろから出てきたもう一匹のトゲいぬへ駆けていった。
「それで、とても懐かしい気のするあなたは、どちら様ですか?」
「お初にお目にかかります、北天帝神様。私は意志渡りの巫女、ルウシャと申します。創歐ノ輔様の使いで参りました」
「創歐ノ輔様の?」
前回の傳凱天神と違い、嬉しそうな反応を見せる北天帝神に、ルウシャは目を丸くした。
「あの、主が何か迷惑をかけたりとかは……」
「迷惑だなんてとんでもない。創歐ノ輔様にはわたしの冒険を手伝ってもらったり、小さな頃からお世話になっている方です」
「小さい頃、お世話……」
主の小さな姿を思い浮かべてルウシャは首を傾げた。どう見てもうら若き乙女の北天帝神と、幼女の姿の創歐ノ輔神では、後者の方がお世話になっている図の方がしっくりくる。
「ご存じではないのですか? 私は代替わりをする意志で、北天帝としては四代目なの。創歐ノ輔様の方が、長生きさんなのです」
「え、えぇ?」
北天帝神はくすくすと笑った。
「北天帝という意志たちが積み重ねてきた時間は創歐ノ輔様がお生まれになったよりは長いですが、わたしが北天帝として生きてきた時間は、創歐ノ輔様がお生まれになった時間よりは短いのです。創歐ノ輔様がお生まれになった時は、まだ父が北天帝として意志の役目についていました」
「ご、ご無礼を申し上げました……」
つまりどういうことかというと、体の大きさはともかく、創歐ノ輔の方が年増、ということである。
「ところで、創歐ノ輔様のお使いということですけど、どんなお使いできたのですか?」
「意志様方のお話を伺うようにと。失礼ながら、北天帝様のお仕事についてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ。北天帝というのは北極星の化身なのです。星のめぐりを管理し、夜じゅう銀笛を吹いて星めぐりの歌を謳うのがわたしの仕事」
そう聞いて、涼やかな笛の音色に乗せて、鈴のような歌が聞こえてくるようだった。
「夜に仕事をするので、昼間は遊んでばかりなのですけど」
「人だって、昼間は仕事をして夜は遊びます。昼も夜もお仕事などされては、北天帝様がお倒れになってしまいます」
「それも、そうね」
ルウシャの言葉がおかしかったのか、くすくすと笑い声をあげた。
「あなたは……歌い手ではないのですね」
「はい。私は謳うことはありません。あの創歐ノ輔様の子ですから」
「その分、言葉を紡ぐのね」
「そう、できたらいいと思っております」
「もう出発してしまうのですね」
「意志様たちのお話を聞いて、創歐ノ輔様の元へ帰るのが私の仕事なのです。私はそれを誇りに思います」
「創歐ノ輔様に、また冒険しましょうってお伝えしておいてくれますか?」
「はいっ。私も、お供いたします」
「それは楽しみね」
さよならは言わなかった。ただルウシャは北天帝神に頭を下げて、星へと再び戻っていった。
その背を見送って、北天帝神は特別に、本当に特別に、銀笛を持ち出した。
「あの小さな巫女に、祝福を」
音を、詩を、想いを乗せて、銀笛は響いた。
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