傳凱天編

 ルウシャは不思議な空間に足を踏み入れた。

 雰囲気は荘厳なのに、そこにいる生物はやたら愛らしかった。

「トゲェ」

「とげぇ?」

 犬、のようにも見えたのだが、鳴き声が明らかにそれではない。

「宮に何用か、娘」

 そこに響いた低音に、ルウシャは飛び上がって驚いた。そしてその肩に乗るトゲェと鳴く生物にも驚いた。

「も、申し訳ありません!」

「何故謝る?」

 あまりの柄の悪さに、反射的に謝ってしまった。だが何の用かと問うただけで、相手から怒られたわけでも咎められたわけでもないということに思い至った。

(創歐ノ輔様にはない貫禄です……)

 自らの主神と思わず比べてしまったところで、当初の目的を思い出した。

「お初にお目にかかります。私は意志渡りの巫女、ルウシャと申します。創歐ノ輔様の命により、皆様方にお会いしてくるようにと」

「創歐ノ輔、だと……?」

 傳凱天神は創歐ノ輔には何度も煮え湯を飲まされているのだが、そんなことを知らないルウシャは創歐ノ輔の名が出た途端更に声を低くしたことにいっそう脅えてしまった。

「ム……。済まぬ、あやつのしたことはそなたには関係のないことであったな」

「はぁ、我が主のことは、まことに申し訳ありません」

 何をしたのかは知らないが、ここは素直に謝っておいた方が得策だと判断したルウシャは頭を下げた。

「よいのだ。先ほども申したがそなたには関係のないことだ。して、会ってなにをしてこいと?」

「お話を聞いてくるようにと。それだけでございます」

 言ってみて何かおかしいことに気付いた。話を聞いてくるだけ、とは。話とは具体的に何を聞けばいいのだ。曖昧すぎるテキトーな注文だったことに、今更気が付いて青くなった。

「話……。ふむ。わたしはそれほど喋る方ではないのだが。そなたが聞いて、わたしが答えるというのはどうだろうか?」

 傳凱天神の申し出に、ほっと胸をなでおろした。

「では、まずあなた様のお名前を伺ってよろしいでしょうか?」

「創歐ノ輔のやつ、何一つ説明せずにそなたを放り出したのか。呆れたやつだ」

「重ね重ね申し訳ありません……」

「よい。私の名は傳凱天。緒歌愛讃神の直属の意志だ。……緒歌愛讃神のことはさすがに知っておろうな?」

「原初の意志様のお一人、ですよね?」

「そうだ。あまり緒歌愛讃と仕事をすることはないが……。一緒に仕事をすることが多いのは、北天帝神だな」

 初めて聞く名前だったが、その名を告げた傳凱天神の反応に少し違和感を覚えながらも傳凱天神は話をつづけた。

「彼女のナビゲートの元、必要な場所に必要な想いを届けるのがわたしの役目だ。その役割上、さまざまな場所へ行くから、世界のことには詳しいぞ」

「素敵ですね! 私はこれから行くところ行くところ知らない場所ばかりですから、少し不安なのです……」

「ならば次は天上の水晶宮に行ってはどうだ?」

「水晶宮、ですか?」

「わたしの仕事のパートナーである北天帝神の住まいだ。彼女ならばそなたを邪険にすることもあるまい」

 傳凱天神は、近くにいた一匹の「トゲェ」と鳴く生き物を呼び寄せる。

「これはW('ω')Wという」

「W('ω')W?」

「……すまぬ。トゲいぬ、だ。わたしの分身のようなもので、これが水晶宮まで案内してくれる。トゲいぬ、ルウシャを無事送り届けよ」

「トゲェ」

 トゲいぬは了承したとばかりに一声なくと、宮の出入り口へと向かっていった。

「あ、お待ちください! 傳凱天神様、ありがとうございました」

 トゲいぬに静止をかけた後、くるりと振り返って、ルウシゃは傳凱天神に一礼した。

 そしてトゲいぬを追って、宮を後にしたのだった。

「……あれが創歐ノ輔が作り出した半神か」

 一人呟いた傳凱天神の声音は、どこか嬉しそうでしたとさ。



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